地盤のイロハ(地盤に関するミニコラム)

地盤のイロハでは、肩肘はらず簡単に読めるミニコラムを連載しています。(概ね1ヶ月ごとに更新中です)

 
 


熊野本宮大社の大鳥居

      
 
左:熊野本宮大社 大斎原の大鳥居         右:熊野本宮大社周辺の地形図 東を流れるのが熊野川(地理院タイルを使用)
 
 和歌山県田辺市にある熊野本宮大社,世界遺産であるとともに,シンボルである八咫烏(やたがらす)は日本サッカー協会のエンブレムで使用されています。
 熊野川の河川敷にある大斎原(おおゆのはら)に高さ34mの日本一大きな鳥居があります。現在本殿はこの場所にはなく,明治22年の大水害で被災して高台に遷座しています。紀伊半島は降水量の多い地域で,最近では平成23年にも大水害が発生しています。
 稲穂実る水田越しの大鳥居,厳かな神域ですが,災害伝承の場所でもあります。
(文責 藤田)

佐渡平根崎の波蝕甌穴(はしょくおうけつ)群


 平根崎海岸の岩盤斜面約 500mにわたる無数の円形の穴。
 よく観察すると穴の中には小石が入り込んでいるのがわかり、この石が波の力で回転することで穴ができたものが甌穴(ポットホール)です。
 平根崎には相川層の片辺礫岩を不整合に覆う下戸層の石灰岩が分布する。西側で厚く、東側で薄いので、アバット不整合と考えられている(地質調査所 ,1977)。 平根崎付近の地質図 1.片辺礫岩, 2.砂礫岩, 3.砂岩, 4.礫岩, 5.砂質石灰岩 約 20°傾斜した層理面が海岸線になっていて、面上には大小のポットホールが無数にあり、天然記念物になっている。通常 ,河川の浸食によるものが一般的であるが,平根崎の場合は波(海)の浸食作用による波食甌穴(群)となっている。。


輪中堤

※(地理院地図の色別標高図に加筆)


 輪中堤とは、集落や耕作地を洪水の氾濫から守るために、その周囲を囲むように作られた堤防のことです。全国に大小様々な輪中堤がありますが、中でも濃尾平野にある輪中堤が有名で、岐阜県輪之内町はその名が示す通り、町そのものが輪中堤(「福束輪中」という。)に囲まれています。福束輪中は江戸時代に築造されましたが、現在でも北側の安八町との町境に福束輪中の一部を見ることができます。地理院地図( https://maps.gsi.go.jp/)の色別標高図など詳細な地形情報を見ると、輪中堤など地域の治水の歴史を垣間見ることができます。


武蔵野台地の段丘崖と湧水

※上図は「地理院地図(電子国土Web)」にて
「治水地形分類図(2007~2021年)」を表示の上、
 断面図ツールで描画した画像を編集した


 東京駅からJR中央線で55分ほど西に行くと国立市(筆者在住)があります。東京都の西部の代表的地形の武蔵野台地は、高位から武蔵面、立川面、青柳面の順で3段の段丘面を形成しています。国立市の大部分は標高70m程度の立川面ですが、南部には青柳面で、その端部の段丘崖は豊かな湧水があり、流末は多摩川に注ぎます。段丘の層序は上位からローム層、砂礫層で、段丘崖で露頭する砂礫層の湧水は、一般に降雨の地表涵養とされていますが、多摩川水系の河川水が供給源の可能性もあります。(文責:Kambara)

水文地形と地すべり

        
   

左:降雨後にはローム層の上の恵庭a層          右:厚真町吉野地区の谷頭凹地と地すべり(樽前d層分布域)
(その上にローム層がある場合は樽前d)に宙水が生じる
 
 2018年に発生した北海道胆振東部地震では、水文地形(地下水流に関わる地形)と地すべりとの関連が見られました。地すべりの大半は震央近くの樽前d(8-9千年前)と、さらに北側の恵庭a(1.9-2.1万年前)に集中しました。これらでは、最終氷期に凍結融解作用で形成された谷頭凹地に宙水(一時的・局所的な地下水)が生じて地すべり発生の一因となったと考えられています。


街の中の活断層

仙台市の市街地を横断する活断層
※断層の変位により写真奥側が高くなっています

        
 街の中やその周辺で「活断層」による地震が発生し、人々の暮らしに大きな被害をもたらすことがあります。阪神淡路大震災(H7)や最近だと熊本地震(H28)で熊本城が損傷したのもこの活断層が動いたことによる「直下型地震」が原因です。
 実は、このように街の中や周辺で大きな地震が起こる可能性が指摘されているところはたくさんあります。
 例えば、東北地方の中心地となっている宮城県仙台市では、街の中心部を活断層が横断していることが知られています。これは、長町-利府線断層帯と呼ばれており、よく見ると断層でできた崖地形が街の中の風景に溶け込んでいます。
 もともと、日本列島はプレートのぶつかり合いで至る所に歪みが生じており、それに伴う活断層が新旧含めてたくさんあります。平地と山地の境界や深く刻まれた直線的な川沿いなど、皆さんの住んでいる街のすぐ近くにも潜んでいるかもしれません。
 是非、関連のホームページ等を確認してみてください。

湿原を保全する方法(止水壁)2回連載(2回目)

        
 
 左:釧路インター線キタサンショウウオ生息地における礫置換工      右:釧路インター線における礫置換工模式図
 
 礫置換工は道路建設等による地下水流動疎外と地下水位変化を防止する方法です。玉石を用いることで目詰りを長期的に防ぎ、湿原を道路工事の影響から保全できます。地下水位の変化を10㎝以内に抑えることで、湿原保全で最も問題となるヨシ→ハンノキなどの植生変化を防止し、キタサンショウウオ・丹頂など貴重生物の保護に役立ちます。
 

地質のスケール


 
 左右の写真に写る「崖」を見比べてください。どちらも地層のしま模様が良く見えますね。どちらも大きな崖のように見えますが、右側の写真は小規模な水の流れでできた高さ30㎝の小さな「崖」なのです。気づきましたか?
実は、どちらの崖も水の流れで地層が堆積するメカニズム(浸食・運搬・堆積)は同じで、運ばれた粒の大きさの違いでしま模様ができています。
 この様に、大地が作り出す地形は大小様々なスケールのものがありますが、そのでき方の本質は同じだったりするのです。不思議ですが、なんだかおもしろいですね。
 
 写真右の「崖」の正体は・・・実は30cmの小さな「崖」
写真右の別アングル写真

 
湿原を保全する方法(止水壁)2回連載(1回目)

    
 
左:トキサタマップ湿原(苫小牧駅の北東9km)の保全対策工  右:保全されたトキサタマップ湿原:現在、施工後33年経過
 
 湿原を土木工事の影響から保全する方法として、「止水壁による方法」と、「玉石を用いた礫置換工法」があります。止水壁による方法は、止水壁(シートウォール)をN値20以下の難透水層まで打ち込んで、湿原の地下水を外へ流出するのを防ぐ方法です。ここで示した例では、高速道路やゴルフ場など周辺開発からも湿原を保全する効果が得られています。
 

 
「地すべり≒Landslide」ってなに?

広い意味では全部「地すべり(Landslide)」


皆さん、「地すべり」といえば、「比較的緩やかな斜面で、地盤そのもの(表層地盤)がゆっくりと滑り動く現象」と思われる方が多いと思います(以前にコラムでも紹介しています)。
実は、海外での「地すべり:Landslide」は、急傾斜地の崩壊や土石流、落石など斜面から大地やその一部が下方に移動する現象全体を意味する言葉として使用されているのです。日本国内で地すべりを研究対象としている「日本地すべり学会」でも、広い意味で地すべりを定義しています。
日本で大地がゆっくり滑り動くイメージが根強いのは、昭和33年に制定された地すべり等防止法という法律で、「地すべりとは、土地の一部が地下水等に起因してすべる現象又はこれに伴って移動する現象をいう」と定義されている(狭い意味での地すべり)ためかもしれません。
ちなみに、どちらの意味も間違いではありませんのでご心配なく。

大自然の神秘「柱状節理」

 
 
玄海国定公園 佐賀県唐津市 七ツ釜(ななつがま)
 
 火山国である日本にはたくさんの熔岩が分布しています。火山から流れ出た熱い熔岩流は、下面の地面と上面の空気によって冷却されます。比較的厚い溶岩流が冷えて固まるとき、岩石の体積が収縮して六角柱状や五角柱状の割れ目が生じ、この割れ目を柱状節理といいます。柱状節理の発達した岩盤露頭は古代遺跡のような威厳を携えており、眺める我々を神秘的な世界へいざないます。(文責 山本)

利根運河

参考:国土交通省 関東地方整備局 江戸川河川事務所HP

 利根運河 (全長 8.5km)は、日本初の西洋式運河として明治 28年( 1890)に完成しました。この運河はオランダ人土木技術者ムルデルの計画で、利根運河会社により建設され「近代化産業遺産」に認定されています。
 利根運河完成前の物流は、北海道や東北の生産物を江戸に届けるために、銚子から関宿を経由して 3日を要していました。完成後は江戸川~利根川間を結ぶバイパスの水運ルートとして利用され、運河の開通により 40km短縮され 1日で江戸まで行くことが可能となりました。
 運河は航路維持のため絶えず浚渫をしなくてはなりませんが、頻発する利根川の洪水によりその費用は増大して会社の経営は困難を極めていました。明治 29年の鉄道の開通などによって貨物輸送が鉄道等に変わり、舟運の衰退がはじまり、そのような中、昭和 16年の大洪水により運河としての機能が停止して、約 50年の舟運の歴史に幕を閉じました。
 現在では豊かな自然環境と良好な景観により貴重な地域資源として地元自治体や多くの地域住民の方から大切にされています。

親不知海岸とヒスイ(新潟県糸魚川市)

親不知から市振(西)の方向を眺める


親不知海岸はかつての北陸道の最大の難所。写真の断崖下の波打ち際が街道。承久の乱(1221年)ではこの数km先の市振海岸を守る朝廷軍を北条朝時が破った。江戸時代には加賀藩がここを通って参勤交代した。0m(海岸)から2,418mの朝日岳までの27kmを登る北アルプス登山の起点。糸魚川ジオパークに行くとフォッサマグナの断層露頭がある。その西側の山系(親不知の内陸)は中生代~古生代の地層でオルドビス紀(約5億年前)に起源をもつヒスイを含み、ヒスイ産出地として世界最古(縄文中期、約5000年前)。ヒスイは天然記念物だが、洪水後海岸に流れ着いた石は拾ってよいので石マニアが遠方からやってくる。ヒスイは国石。

地層の年代

    
 
火山灰の例(細かな粒子を洗い流し0.063mmのふるいに残ったもの)(画像:左) / 地層年代区分 千葉県教育委員会HPより引用(画像:右)
 
  2020117日国際地質科学連合が、今から約 774千年~ 129千年前の地質時代を「チバニアン (千葉時代 )」と呼ぶことに決定しました。この 77万年という数字はどうやって調べているのでしょうか。
 地層の年代を調べるには、地層を構成している物質を調べることによります。岩石、鉱物、化石、地磁気などを調べることにより地層の年代を知ることが出来ます。年代の資料がたくさん集まってくると、絶滅した生物の生存期間がわかります。ある生物の生存期間がわかれば、今度は逆にその化石を含む地層や一緒に出てきた他の化石がおよそ何年前ぐらいのものか、ということがわかるようになります。年代だけでなく寒暖の環境を知ることもできます。火山灰に含まれる鉱物を調べることにより、噴火した時代を知ることが出来ます。
 地層の年代は、いろいろな分析方法を組み合わせて調べることにより、より精度の高い年代を得ることが出来ます。

日比谷入江

   
 
江戸時代の入江の様子(松田2006より引用)(画像:左) 現在の地形の様子(国土地理院デジタル標高地形図)(画像:右)
 
 日比谷入江は、現在の東京日比谷公園付近にあった大きな入り江です。新橋あたりが湾口となり、皇居の東、大手町付近に延びていた南北方向の細長入江です。銀座周辺は半島状になっていました。江戸時代に埋め立てられ、現在は一見入江があったことは分かりませんが、良く観察するとやや低い谷状の地形を呈していることが分かります。また、旧入江付近は軟弱な地盤が分布していますので、周辺のビル周辺の道路が傾いたり、沈下したりしている様子が観察できます。このように、昔の地形に注目すると、地下の地盤の様子も見えてきます(文責 T.HOSOYA)。

裏見の滝

   
 

 滝には、裏側に入ることができる「裏見の滝」があります。紹介する滝は、国内20選に入る筑後川上流阿蘇外輪山の裾野にある「鍋ケ滝」です。落差12m、幅20m、滝裏に廻ると広い広間があります。何故この滝ができたのでしょうか?空間の天井は9万年前に噴火した阿蘇4火砕流の硬い溶結凝灰岩、その下位に軟質な旧河床砂礫や砂層粘土層があります。水は軟質な地層を浸食して来ましたが、さらに進むと天井の溶結凝灰岩が崩落するでしょう。これを何回も繰り返して現位置となり、今後徐々に後退していくことでしょう。


火山灰の例(細かな粒子を洗い流し0.063mmのふるいに残ったもの)

  2020117日国際地質科学連合が、今から約 774千年~ 129千年前の地質時代を「チバニアン」と呼ぶことに決定しました。チバニアンの地層の最下部の地層には、 77万年前に起こった御嶽山噴火による火山灰層(白尾火山灰)があります。
 灰と聞くと、木や紙の燃えた後に残る灰色の灰を思い浮かべる方が多いと思いますが、火山灰は違います。火山灰は火山から噴出されたもののうち 2mm以下のもので、主にマグマが発泡してできる細かい破片です。火山灰を構成する物質としては火山ガラス、鉱物結晶、古い岩石の破片などです (写真は、火山灰の細粒分を洗い流した後に残った粒子です )
 飛散した火山灰はコンピュータなどの電子機器に入り込みと故障の原因となります。また火山灰は雨水に濡れると導電性を持つため、電力や情報通信に依存する現代文明は、火山灰災害には弱いことが伺えます。厄介者の火山灰ですが、火山列島の日本に暮らすためにはその性質を知って、備えることも必要でしょう。

復興の足跡

ドラム缶工法による国道1号の復旧工事※
※出典:中部地方整備局木曽川下流河川事務所HP(KISSO特別号)

弥富市は、海抜0m地帯に位置し、JR弥富駅は地上駅では日本一低い場所にあります。約60年前に上陸した伊勢湾台風時には海岸堤防が決壊し、広範囲で浸水被害が発生しました。市内を通る国道1号線は、当時の物流の大動脈であり、救援物資や資材の運搬のためには復旧工事が急務でした。しかし、湛水の流れが激しく他区間と同じ土嚢積みだけでは押えられずに両側に土砂を詰めたドラム缶を埋める工法が採用されました。今でもこの辺りの国道1号線では当時の名残で周辺よりドラム缶1個分程度高くなっているのが見られます。

 
地すべり3回連載(3回目)

 
近年頻発している土砂災害。一言で言っても、いくつか種類があることをご存知でしょうか?今回からは3回に分けて代表的な3つの土砂災害と、そこからの守り方についてご紹介します(3回連載の3回目)。 
 
  ③地すべり
 
 比較的緩やかな斜面で、地盤そのもの(表層地盤)がゆっくりと滑り動く現象です。他の土砂災害と比べて範囲が広く、発生すると被害が大きくなりやすい現象です。降雨時は予兆が見られる場所からなるべく離れるよう心がけて下さい。
 
  【前兆現象】
・道路や斜面に亀裂がある
・木の根が切れる音がする
・地鳴りや家鳴りがする
・家や樹木が傾く


 
 
土砂災害とは?3回連載(2回目)

 
近年頻発している土砂災害。一言で言っても、いくつか種類があることをご存知でしょうか?今回からは3回に分けて代表的な3つの土砂災害と、そこからの守り方についてご紹介します(3回連載の2回目)。 
 
  ②土石流(急傾斜地の崩壊)
 2021年の熱海で大きな被害をもたらした土石流は、せき止められた土砂や石が、雨によって一気に流れ落ちる減少です。他の土砂災害に比べて速度が非常に速い(時速20km~40km)のが特徴です。直線的な軌道で低い方向に流れ落ちるため、軌道を見て横方向への避難を心がけて下さい。

  【前兆現象】
・山鳴りや木の折れる音、岩のぶつかる音がする
・雨が降っているのに川の水位が低い
・川が濁ったり流木が流れている


三浦の隆起海食台

 三浦半島南部の海岸には、平坦な岩場が広がっています。このような地形は隆起海食台と呼ばれ、海水によって平らに浸食された海底が隆起して、海面上に現れたものです。ここでは、大正関東地震(関東大震災)や元禄関東地震といった巨大地震のたびに隆起していることが確認されています。海食台を作っている地層は、およそ1000万年から500万年前に水深1,000m以上の深海で海洋プレート上に堆積した砂や泥、火山噴出物が、大陸側のプレートに沈み込む際に剥ぎとられ、大陸側に押し付けられた「付加体」という地質体です。写真で遠方に見える黒っぽい地層はスコリアという火山噴出物(軽石)を多く含む砂岩,白く見える地層は泥岩です.激しい火山活動が繰り返しあったことを示していますが,海洋プレートとともに沈み込んでしまったのか,供給源の火山体は確認されていません。

谷中ぎんざの地形

 

 

谷中ぎんざ周辺の地形(画像:左)と 周辺の標高地図(画像:右)

 
 東京、日暮里駅の西に有名な商店街である「谷中ぎんざ」が有ります。台地の自動車道路が突然階段に変わる急坂を下りて広がる低地に栄えています。このような地形はなぜできたのでしょうか?
画像左内の矢印は先ほどの写真の撮影位置と方向(矢印)です。谷中ぎんざは台地を蛇のように削った谷の中のような土地に見えます。先の地図の範囲から更に鳥の眼で広く地形を見ていきましょう(画像右)。広く見てみると谷中ぎんざは、上野不忍池につながる大きく蛇のようにうねった谷の中の低い土地に有ることが分かります。谷が有るのに川がないことは、地形図の上の方にある石神井川が王子駅の辺りで土地を削って青色の更に低い低地に流れてしまっていること、土地を削る前は、どうやら谷中ぎんざの谷は石神井川の昔の流路で有ったこと、が想像できますね。


土砂災害とは?3回連載(1回目)

 
近年頻発している土砂災害。一言で言っても、いくつか種類があることをご存知でしょうか?今回からは3回に分けて代表的な3つの土砂災害と、そこからの守り方についてご紹介します。 
 
  ①がけ崩れ(急傾斜地の崩壊)
 大雨や地震の影響で斜面が突然崩れ落ちる現象です。局所的に発生することが多いですが、予兆なく一瞬にして崩れ落ちるため、事前の非難が大切になります。

  【前兆現象】
・小石がぱらぱらと落ちる
・斜面に亀裂が出来ている
・斜面から水が湧き出す


地震の爪痕

 
地震直後の様子(写真:左)と 現在の様子(写真:右)
 

 2016年熊本地震の爪痕が、熊本県益城町の畑に残っています。この写真は、熊本地震を引き起こした断層によって地面がずれ、畦がクランク状になったものです。
 地震が起きたとき、布田川断層帯と日奈久断層帯の一部に沿って、写真のような地表断層が現れました。断層は、全長30km 以上に及ぶ長大なものです。現在は、断層を保存し、教育旅行や視察の受け入れを行い、地震の記憶を伝えています。


川の作用と都市の関係

 川には、侵食、運搬、堆積という、地形に働きかける3つの作用があることは、中学生の理科の教科書にもでてきます。日本の地形や地盤は、川のこのような作用にも強く関係があります。例えば、日本の都市は、川がつくった平坦な地形である平野(自然堤防帯)~三角州に多くが位置しています。このような土地は、もともと、大雨の際に上流の山地が侵食され、その土砂が洪水の際に川によって運搬され、緩やかになった下流部で堆積したことによってつくられたものです。つまり、洪水によってつくられた氾濫原と呼ばれる地形であり、もともと洪水の被害を受けやすい土地なのです。このような平野や三角州の表層の地盤は、川が運搬してきた砂、シルト、粘土などの軟らかい土砂が堆積して構成されています。

棚田のある風景

   棚田は、山腹・谷間などの傾斜地に階段状に作られた水田です。特に、小さな棚田が数多く見られるものを「千枚田」と呼んでいます。写真は、千葉県鴨川市の「大山の千枚田」です。この地域一帯は嶺岡山系と呼ばれ、南関東では珍しく蛇紋岩が露出する地域で、地質条件から地すべりが起こりやすい場所です。実は、日本全国の多くの棚田は地すべり地域にあり、そこに湧く地下水天水を利用して水田化したものが多いです。先人たちは、米の生産だけでなく、地すべりの防止や貯水による川の氾濫の緩和、水源のかん養のために棚田を造ってきたようです。四季折々の景色を映す見事な棚田は、環境保全、国土保全に力を注いだ先人の智恵や地域文化の大切さを伝えてくれるものです。
 

箱根東京軽石(Hk-TP)

 

 
 東京都世田谷区にある等々力渓谷は武蔵野台地を刻んだ谷となっているため、武蔵野台地の断面を肉眼で観察することができます。写真(矢印)は箱根東京軽石(Hk-TP)と呼ばれている箱根火山が噴火した際に、箱根火山から飛んできた軽石が堆積したものです。6万年前に降ってきた軽石が我々の生活している地下に埋まっていると思うとロマンがありますね。箱根東京軽石のように広い場所に分布していて地層比べる時に利用される層のことを「鍵層(かぎそう)」といいます。
 


地名は語る

 
 地盤情報ナビの地図上には様々な地名が表示されています。地名は古くからその土地の特性を表すものとされ、東京湾岸エリアにも砂洲を埋め立てた「豊洲」等、埋立ての歴史や地盤の特徴をイメージできる所が多く見られます。また、同じ地名でも千葉県の「白浜」や「勝浦」は、四国や南紀にも同じ所が見られることから黒潮に乗った人の移住の歴史も垣間見えます。某有名タレントが某人気番組で奈良を訪ねた際に地名のエピソードを聞いて「地名というのは土地の記憶」と語ったようで地名が様々な情報を伝える先人からの大事なメッセージと思うとロマンを感じます。
 
  
湾岸エリアの地形の 明治時代(迅速測図:左)と 現在(地盤情報ナビ画面:右)

目白崖線

  

 
 唄にもなった神田川。南側の台地「戸山台」へ登る坂は非常にゆるやかですが、北側の「目白台」へは、クルマはエンジン全開、若者でも自転車を降りてしまう厳しい急坂です。川の両岸でなぜこうも違うのでしょうか?この急坂を含む斜面は、落合から江戸川橋まで続き、「目白崖線」と呼ばれています。急崖形成の理由は、1)川の浸食による段丘崖説 2)断層崖説 3)霜柱融解説:戸山台側は日陰になるため冬季に霜柱が出来やすく、それが昼間に溶けて土砂を流し緩斜面になる の3説あり、はっきりしていません。ともかく、坂の頂部は見通しが良く、晴天時の景色は格別です。


東京駅

 
 写真は丸の内側から見た東京駅です。江戸期以前の丸の内側は日比谷入り江、八重洲側は江戸前島でした。「地盤リスク情報」をみると、丸の内側と八重洲側の微地形区分はそれぞれ干拓地、砂州、液状化危険度は「大きい」、「やや大きい」です。地震リスクは同じですが、洪水による最大浸水深は丸の内側の方がやや大きいようです。