地盤情報提供サービス 地盤情報ナビ 中央開発株式会社 イメージ画像(中央開発ロゴマーク)

TOP > 地盤のイロハ バックナンバー

     

地盤のイロハ バックナンバー

三浦の隆起海食台

 三浦半島南部の海岸には、平坦な岩場が広がっています。このような地形は隆起海食台と呼ばれ、海水によって平らに浸食された海底が隆起して、海面上に現れたものです。ここでは、大正関東地震(関東大震災)や元禄関東地震といった巨大地震のたびに隆起していることが確認されています。海食台を作っている地層は、およそ1000万年から500万年前に水深1,000m以上の深海で海洋プレート上に堆積した砂や泥、火山噴出物が、大陸側のプレートに沈み込む際に剥ぎとられ、大陸側に押し付けられた「付加体」という地質体です。写真で遠方に見える黒っぽい地層はスコリアという火山噴出物(軽石)を多く含む砂岩,白く見える地層は泥岩です.激しい火山活動が繰り返しあったことを示していますが,海洋プレートとともに沈み込んでしまったのか,供給源の火山体は確認されていません。


谷中ぎんざの地形

    

          谷中ぎんざ周辺の地形(画像:左)と 周辺の標高地図(画像:右)

 東京、日暮里駅の西に有名な商店街である「谷中ぎんざ」が有ります。台地の自動車道路が突然階段に変わる急坂を下りて広がる低地に栄えています。このような地形はなぜできたのでしょうか?
画像左内の矢印は先ほどの写真の撮影位置と方向(矢印)です。谷中ぎんざは台地を蛇のように削った谷の中のような土地に見えます。先の地図の範囲から更に鳥の眼で広く地形を見ていきましょう(画像右)。広く見てみると谷中ぎんざは、上野不忍池につながる大きく蛇のようにうねった谷の中の低い土地に有ることが分かります。谷が有るのに川がないことは、地形図の上の方にある石神井川が王子駅の辺りで土地を削って青色の更に低い低地に流れてしまっていること、土地を削る前は、どうやら谷中ぎんざの谷は石神井川の昔の流路で有ったこと、が想像できますね。


土砂災害とは?3回連載(1回目)

近年頻発している土砂災害。一言で言っても、いくつか種類があることをご存知でしょうか?今回からは3回に分けて代表的な3つの土砂災害と、そこからの守り方についてご紹介します。

 @がけ崩れ(急傾斜地の崩壊)
 大雨や地震の影響で斜面が突然崩れ落ちる現象です。局所的に発生することが多いですが、予兆なく一瞬にして崩れ落ちるため、事前の非難が大切になります。

 【前兆現象】
・小石がぱらぱらと落ちる
・斜面に亀裂が出来ている
・斜面から水が湧き出す


地震の爪痕

    

          地震直後の様子(写真:左)と 現在の様子(写真:右)

 2016年熊本地震の爪痕が、熊本県益城町の畑に残っています。この写真は、熊本地震を引き起こした断層によって地面がずれ、畦がクランク状になったものです。
 地震が起きたとき、布田川断層帯と日奈久断層帯の一部に沿って、写真のような地表断層が現れました。断層は、全長30km 以上に及ぶ長大なものです。現在は、断層を保存し、教育旅行や視察の受け入れを行い、地震の記憶を伝えています。


川の作用と都市の関係

 川には、侵食、運搬、堆積という、地形に働きかける3つの作用があることは、中学生の理科の教科書にもでてきます。日本の地形や地盤は、川のこのような作用にも強く関係があります。例えば、日本の都市は、川がつくった平坦な地形である平野(自然堤防帯)〜三角州に多くが位置しています。このような土地は、もともと、大雨の際に上流の山地が侵食され、その土砂が洪水の際に川によって運搬され、緩やかになった下流部で堆積したことによってつくられたものです。つまり、洪水によってつくられた氾濫原と呼ばれる地形であり、もともと洪水の被害を受けやすい土地なのです。このような平野や三角州の表層の地盤は、川が運搬してきた砂、シルト、粘土などの軟らかい土砂が堆積して構成されています。


棚田のある風景

 棚田は、山腹・谷間などの傾斜地に階段状に作られた水田です。特に、小さな棚田が数多く見られるものを「千枚田」と呼んでいます。写真は、千葉県鴨川市の「大山の千枚田」です。この地域一帯は嶺岡山系と呼ばれ、南関東では珍しく蛇紋岩が露出する地域で、地質条件から地すべりが起こりやすい場所です。実は、日本全国の多くの棚田は地すべり地域にあり、そこに湧く地下水天水を利用して水田化したものが多いです。先人たちは、米の生産だけでなく、地すべりの防止や貯水による川の氾濫の緩和、水源のかん養のために棚田を造ってきたようです。四季折々の景色を映す見事な棚田は、環境保全、国土保全に力を注いだ先人の智恵や地域文化の大切さを伝えてくれるものです。


箱根東京軽石(Hk-TP)

    

 東京都世田谷区にある等々力渓谷は武蔵野台地を刻んだ谷となっているため、武蔵野台地の断面を肉眼で観察することができます。写真(矢印)は箱根東京軽石(Hk-TP)と呼ばれている箱根火山が噴火した際に、箱根火山から飛んできた軽石が堆積したものです。6万年前に降ってきた軽石が我々の生活している地下に埋まっていると思うとロマンがありますね。箱根東京軽石のように広い場所に分布していて地層比べる時に利用される層のことを「鍵層(かぎそう)」といいます。


地名は語る

 地盤情報ナビの地図上には様々な地名が表示されています。地名は古くからその土地の特性を表すものとされ、東京湾岸エリアにも砂洲を埋め立てた「豊洲」等、埋立ての歴史や地盤の特徴をイメージできる所が多く見られます。また、同じ地名でも千葉県の「白浜」や「勝浦」は、四国や南紀にも同じ所が見られることから黒潮に乗った人の移住の歴史も垣間見えます。某有名タレントが某人気番組で奈良を訪ねた際に地名のエピソードを聞いて「地名というのは土地の記憶」と語ったようで地名が様々な情報を伝える先人からの大事なメッセージと思うとロマンを感じます。

湾岸エリアの地形の 明治時代(迅速測図:左)と 現在(地盤情報ナビ画面:右)


目白崖線

 唄にもなった神田川。南側の台地「戸山台」へ登る坂は非常にゆるやかですが、北側の「目白台」へは、クルマはエンジン全開、若者でも自転車を降りてしまう厳しい急坂です。川の両岸でなぜこうも違うのでしょうか?この急坂を含む斜面は、落合から江戸川橋まで続き、「目白崖線」と呼ばれています。急崖形成の理由は、1)川の浸食による段丘崖説 2)断層崖説 3)霜柱融解説:戸山台側は日陰になるため冬季に霜柱が出来やすく、それが昼間に溶けて土砂を流し緩斜面になる の3説あり、はっきりしていません。ともかく、坂の頂部は見通しが良く、晴天時の景色は格別です。


東京駅

 写真は丸の内側から見た東京駅です。江戸期以前の丸の内側は日比谷入り江、八重洲側は江戸前島でした。「地盤リスク情報」をみると、丸の内側と八重洲側の微地形区分はそれぞれ干拓地、砂州、液状化危険度は「大きい」、「やや大きい」です。地震リスクは同じですが、洪水による最大浸水深は丸の内側の方がやや大きいようです。


 

  .